『しあわせな新世界』

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本SS(短編小説)は、2011年から2015年ごろまでwisper様に掲載されていた作品です。

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大筋は、すでに知っていた。

繊維媒体も光学媒体もそれなりに目を通していたから、接触前の時代がどんな風だったか、ケンヤには知識があった。

とはいえ。

今、暗い視聴覚室で見せられているこの立体画像には、今までの資料とは段違いの生々しさがあった。

地球人の巨大都市。

天に届きそうなほどの高い建物。

その上空から、雲を切り裂いて細長い飛行物体がゆっくり降下してくる。

長い箱のような形をしたそれは、地上に向けて光の柱を発射する。

ケンヤの前に投影された立体映像は真っ白になり、そこで終わった。

「昔は、あんな大きな都市があったんですね。」

ミユキは頷いた。

彼女はケンヤのクラスの担任で、今日は、彼の『成人特別教育』に付きっきりだった。

「でも、2045年の接触から5年間で、大きな都市はなくなってしまった。それどころか、質量弾の攻撃で地球の地形は大きく変わった。冥王星からたくさん亜光速質量弾が飛んできたの。」

立体映像が、接触前の世界地図を映しだす。

「海が少ない!?」

「そう。接触前は、ユーラシア大陸やアメリカ大陸という大きな大陸があった。」

現在の世界地図に変わる。

太平洋と大西洋の堺はなく、無数の島々が点在する世界。

これが、ケンヤの生きている時代の世界地図だった。

「21世紀は人の住めるところがいっぱいあったんだ・・・」

「そう見えるんだけど、この時期は質量弾の攻撃で地軸が傾いたり、洪水、地震とか天災が頻発したの。地球人の人口は、接触戦争で1,000分の1になったのよ。」

「でも、ディケーア人が力をかしてくれて地球はもとに戻ったんですよね?」

「そう。でも詳しい話は、明日にしましょう。今日はこれから、ケンヤ君は大事な検査を受けなきゃないから。」

「えっ?検査・・・ですか?」

「ケンヤ君、去年の簡易検査で陽性の疑いが出てたでしょ。覚えてるよね。だから、今日は成人時の精密検査を受けてもらわなきゃいけないのよ。」

ミユキは視聴覚室の照明をつけた。

「ちょうどいい時間ね。玄関で機関の車が待ってるはずだから。」

ミユキ先生に先導され、ケンヤは視聴覚室を出る。

玄関につくと、20代の女の人二人が待っていた。

先生と女たちは挨拶を交わして少し談笑した。

黒塗りの車できた女たちはディケーア地方機関の制服をきている。

ケンヤはミユキと別れ、二人に挟まれる形で車の後部座席に乗り込んだ。

ドアが閉まり、車のエンジンがかかる。

運転手も女だった。

ケンヤの右隣に座っている女はポニーテール、左に座っているのはセミロングで、見てみればどちらもかなり美人だった。

車が走り出した。

「ケンヤくん、あたしはリサ、そっちのはカオリ。よろしくね。」

ポニーテールの女はにっこりと笑う。

反対側を見ると、カオリと目があった。

「14才のお誕生日おめでとう。これで君も立派な大人ね。ご両親も喜んでるでしょうね。」

微笑むカオリの目尻には、優しさが溢れている。

「今日これから検査なんですね?また陽性がでちゃったら、どうなるんですか?」

「だいじょーぶ!怖がることないってば。陽性が出ても適正処置を受ければすぐ家に帰れるのよ。」

「適正処置って?どんなことするんですか。」

「まあ、いろいろあるけどね・・・」

カオリはリサを見た。

「痛いことは絶対ないから、安心していいのよ。」

ポニーテールの女は、ぎゅっとケンヤの手を握る。

「陽性が出た男の子は、すぐお嫁さんをもらうことになっているの。とってもいいお嫁さんをもらえるのよ。」

「・・・え?お、およめさん・・・?」

「詳しいことは後から教えてもらえるから。だから、安心して検査を受けていいの。陽性が出てよかったっていう人、いっぱいいるんだよ?」

カオリはそう言って、またにっこりと笑う。

しかし、ケンヤには、その優しそうな目尻に欺瞞が見えるような気がしてならなかった。



1時間後、ケンヤは病院の診察室にいた。

看護婦2人と女医1人に囲まれベッドに仰向けになっている。

携帯電話のような小さなセンサーを股間に近づける女医。

センサーのディスプレイに細かいディケーア文字が次々と表示される。

数秒後に、耳障りな音が鳴った。

センサーのボタンで何か設定して、再びそれを股間に近づける。

またブザーがなった。

20分ほどかけてセンサーで検査したが、近づけるたびにどうしてもブザーがなってしまう。

「ケンヤ君。君は陽性ね。間違いなく、君の体には悪性遺伝子が含まれてるわ。」

「そんなこと言われたって。僕にどうしろっていうんです。」

「陽性の男の子には私たちからお嫁さんを紹介することになってるの。」

女医がそう言うと、看護婦が続いた。

「いい子だからすぐ気に入るはずよ。離れられなくなるくらい好きになるはずだから。」

もう一人の看護婦は、何も言わずクスクスと笑った。

ベッドから起き上がったケンヤは、看護婦に連れられて個室に入った。

大きなベッドがあって、枕は二人分だった。

漠然とした予想が頭をよぎる。

「10分くらいかしらね、ここで待ってて。すぐ来るから。」

「はい。」

そう言って看護婦は出て行く。

ケンヤはベッドの縁に座った。

ここは病院の10階。

窓はあるが、嵌め殺しで開かない。

天井には二箇所に監視カメラがある。

(これじゃ、悪いことした人みたいじゃないか。僕は何もしてないのに!)

そもそも『アクセイイデンシ』とはどんな遺伝子なのか、よく分からなかった。

とにかく、それはいらないもので、厄介な病気のようなものと理解していた。

ケンヤの近所には、この遺伝子を持っている人が何人かいた。

よく、奥さんと買い物していたり旅行にでてたりする。

そういえば、とても綺麗な奥さんたちだった。

悪性遺伝子を持っている男の人と、その奥さん。

奥さんは綺麗だけど子供はいなかった。

かならず、男の人と奥さんだけの組み合わせ。

男のほうは、いつも幸せで楽しそうだった。

ぼんやりとした不安がケンヤの胸に渦巻く。

時計を見た。

お父さんが今年の春に買ってくれた成人祝いに買ってくれた腕時計。

買ってもらって3ヶ月するが、堅牢な作りが手に馴染んできた気がする。

16時40分を指している。

看護婦が出ていってから、そろそろ10分。

(僕、どうなるんだろう。)

ケンヤは弱気になっていく。

彼の携帯電話はかばんの中だった。かばんは診察室に置いてきたままだ。

(荷物をとってこないと。)

さっと部屋の出入口に近づき、ドアノブを握ろうとする。

ノブは、彼が握る前に回った。


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